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秘密証書遺言が無効とされた事例

2018年6月30日

東京地裁平成29年4月25日判決(判例時報2354)

 秘密証書遺言というあまり使われない遺言について,84歳の遺言者の遺言能力がなかったとして無効とされた判決を紹介します。

 秘密証書遺言とは(民法970条) 秘密証書遺言を作るには, まず,遺言者が,その証書に署名し,捺印し,その証書を封書に入れて,証書に捺印したものと同じ印鑑を使って封印します(遺言書の証書自体には(自筆遺言の様な)方式の制限がないので,パソコンで印刷したものも可能です。) 次に,遺言者が,公証人と証人2人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書であることとその筆者の氏名・住所を申述します。 最後に公証人がその証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後,遺言者及び証人と共にこれに署名し捺印します。なお,後日,未開封のまま家庭裁判所で検認手続(民法1004条)が必要です。

 秘密証書遺言のメリットは,自筆でなくてもいいのでワープロやパソコンで作ることができること,そして遺言の内容を秘密にできることです。しかし,どうせ公証役場に行くのなら,いっそ公正証書遺言にした方が確実なのであまり利用されてはいません。

事案

 遺言者は遺言書作成当時は84歳の女性でした。子供は長男,二男,長女の3人で,遺言書の内容は,会社の株式や出資金,経営権,土地,建物等を相続する者(3人の子)を指定する内容の複雑な遺言でした。二男と長女が長男を相手に遺言の無効確認訴訟を提起しました。

 東京地裁判決

 裁判で原告は遺言者の署名の真正も争いましたが,検認手続のときは原告らも「遺言者の字だと思います。」と陳述していたことや筆跡鑑定意見書等により,裁判所は遺言者が署名したと認めました。

 遺言者の遺言能力が争われました。この点については,多数の証拠が双方から提出され裁判所による鑑定も行われました。

 裁判所は,まず,鑑定結果に基づき,遅くとも平成19年1月の時点において遺言者が進行した認知症であり,医学的に見て,本件遺言の時における遺言者の理解及び判断能力が著しく損なわれていた状態にあったと認めました。

 次に,遺言者の認知症の進行状態ないし医学的に見た場合の遺言者の理解及び判断能力を前提として,本件遺言をするときにおいて遺言者が遺言能力を欠いていたかどうかを検討しました。

 判決は,当該遺言の内容について,不動産や区分所有建物を相続する者を指定し,4つの会社の株式・出資金の分配を決定し,経営権を配分し,相続人が先に死亡した場合の相続を取り決め,相続税の支払原資を指定し,A4版4枚に及び,遺産総額は18億円に及ぶ複雑なものであったことを認定しました。

 そして,この複雑な遺言書の内容を策定するときには,被告(長男)が単独相続して代賞金を払う場合と三等分した場合のメリット・デメリットについて税理士との間でやりとりをして数回修正して固まったと,遺言内容を決定するまでの過程に触れました。 そのうえで,裁判所は, 遺言者が進行した認知症にあり,その理解及び判断能力が著しく損なわれていた状態にあったということを前提として考えると,遺言者は上記のように複雑な本件遺言証書の内容及びその法的効果について理解することができる状態にはなかったものというべきである。本件遺言は遺言者に遺言能力が欠けていたから無効であると判断しました。

 感想

 遺言能力を考えるときに,まず遺言者の遺言当時の精神能力を考えることは当然ですが,その遺言の内容が非常に複雑である場合にはそれだけ高い精神能力が必要だということになります。優しい内容の遺言を作成する能力と,難しい内容の遺言を作成する能力には違いがあるということです。 この裁判は激しく争われたようで訴訟提起から判決まで4年間かかっています。取り調べられた証拠の中には,30年間勤めていた家政婦の証言,遺言者が体調不良のために入院していた病院の診療録,遺言能力に関係した医師の意見書も複数でています。遺言能力に関する争いが起きたときには,この様な数々の記録が全て証拠として意味を持ってくるということです。

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