相続放棄の申述を認めた例

これまでよりも相続放棄の申述を広く認めた判決が出ましたので紹介します。

東京高裁令和元年11月25日決定(判例時報2450,2451号)
平成29年に被相続人が死亡しました。
相続人は被相続人の姉の子でした。
平成31年,被相続人が所有していた不動産の固定資産税に関する市役所からの文書が相続人に届きました。相続人は、その文書を見て被相続人が亡くなったことと自分が法定相続人であることを知りました。それから3カ月以上経過してから、相続人は相続放棄の申述を行いました。
家庭裁判所は3カ月を経過していたことから相続放棄の申述を却下しました。
相続人は抗告し、それを受けた東京高裁は家裁の審判を取消し、相続放棄の申述を受理すべきとしました。
相続の放棄とは
相続の放棄(民法915、916、938、939条)とは、相続人としての権利を全て放棄するということです。相続というのは被相続人のプラスの財産だけでなく借金などのマイナスの財産も受け継ぐことになるので、被相続人に借金の方が多い場合などに利用されます。相続放棄は「自己のために相続の開始があったことを知ったときから三カ月以内」にする必要があります。相続放棄の方法は、家庭裁判所に対して「相続放棄の申述」を申し立てることです。これを三カ月以内にします。
「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、一般的には被相続人が亡くなったことを知ったときとなります。
しかし、被相続人が亡くなったときにはほとんど何も財産がないから何もする必要がないと思っていたら、亡くなってから一年後に多額の借金の催促が来た、これを知っていたら相続放棄したのに、というような場合には、亡くなってから三カ月を過ぎていても借金の催促から三カ月以内であれば、例外的に相続放棄の申述を裁判所が認めてくれることがあります。
この点については昭和59年4月27日の最高裁が、熟慮期間(相続放棄の三カ月の期間制限のこと)は原則として相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算すべきものであるとしつつ、例外的に相続人がこれらの事実を知った場合であっても、相続放棄しなかったのが相続財産が全く存在しないと信じたためであり、そのように信ずるについて相当な理由がある場合には、熟慮期間は相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識したとき又は通常これを認識することのできるときから起算すべきである、と例外的に救済できる場合を認めているのです。
この事件の一審(家庭裁判所)の裁判官は、熟慮期間を経過しているとして相続放棄の申述申立を却下しました。
しかし、東京高裁はこのケースでも相続放棄の申述を認めました。
東京高裁の付言
まず、東京高裁は付言の中で「相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当である。」と述べており、本件はこの基本的立場に基づいた判断でもあります。今後は熟慮期間の三カ月が過ぎたから全て諦めるのではなく、具体的事情に基づいて相続放棄の申述を行っていくことが考えられます。
東京高裁の判断
東京高裁の判断部分を紹介します。少し文言を変えています。
「本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、相続人らの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、
このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明を相続人らが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬ころから進行を開始するものと解するのが相当である。」
本件で高裁が言う特別の事情とは
「自分たちの相続放棄手続が既に完了したとの誤解」とは、当時相続人らは代表者が相続放棄すれば足りると信じていて、相続放棄は一人一人でしなければならないことを知らなかったということです。
「被相続人の財産についての情報不足」とは、市役所から送られた書類では相続することになる不動産の価値や固定資産税の額が分からなかったということです。
「相続人らの年齢や被相続人との従前の関係」とは、相続人が81歳、79歳だったことと、被相続人と長期間疎遠にしていたことです。
解説
このケースは、相続人がとても高齢でしたから救済したという側面は強いと思いますが、昭和59年最高裁の基準を超えてより幅広く相続放棄の申述が認められる可能性がでてきました。

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