公正証書遺言が無効とされた平成11年地裁判例

東京地裁平成11年11月26日判決

公正証書遺言は公証人が立ち会って被相続人の遺言意思を確認して作成しますからそれが無効になることは滅多にありません。そもそも遺言書を確実に残すためにわざわざ費用をかけて公正証書にしたのですからそう簡単には無効になったら困ります。
しかし、数は少ないですが判決で公正証書遺言が無効とされた例はあります。これは遺言能力がないために公正証書遺言が無効とされた一つの例です。

争点と判決

この事件の争点は、平成6年6月10日に作成されたものと平成7年4月6日に作成されたものの2通の公正証書遺言が、被相続人の遺言能力無しとして無効になるかどうかという点でした。
遺言能力の判断に関係する判決文の要旨を紹介します。
「被相続人は平成4年10月29日に病院に入院した当時、場所的見当識障害などがみられ、既に軽度の痴呆に陥っていたが、平成5年遺言作成当時には幻覚を見るようになっている。
さらに被相続人は平成6年1月には再度病院に入院した当時には、夜間徘徊、記憶障害、場所的見当識障害、時間的見当識障害が顕著のほか、常識的感覚を喪失するなど、1年あまりの間に、時間の経過にしたがって痴呆の度を深めていった。
そして、平成6年遺言のなされた日から約一カ月後である平成6年7月の入院当初のころには精神機能は会話が難しい内容になると支離滅裂となるなど、前記記憶障害に加え、理解力、判断力にも重度の障害をきたすようになった。
以上の病状に照らすと、被相続人は平成6年遺言書作成当時、重度の痴呆状態にあったと認めるのが相当である。
そして、この痴呆状態に、平成6年遺言は被相続人から持ちかけて作成したものではないこと、平成6年遺言の内容は平成5年遺言を捨てて他の案を採用するという内容であったことを併せ勘案すると、被相続人には平成6年遺言を作成するについて遺言能力を有していなかったと推認するのが相当である。」
さらに平成7年遺言についても同様に判断していますが、その中に公証人について触れた部分があります。
「・・・平成7年遺言の内容は8条からなる錯雑な内容であるところ、公証人は予め用意していた遺言内容全文を一度に読み上げた上で被相続人の意思を確認した・・・」

解説

この公証人の意思確認の仕方が遺言能力を否定する根拠の一つになっています。
公正証書遺言の効力が高く認められるのは中立公正な立場にある公証人が被相続人の意思をきちんと確認したうえで法律上も有効になる内容に整えるからです。この遺言作成手続きの公正さが公正証書遺言の効力を支えています。
全部で8条ある複雑な内容の遺言なのに、その全文を続けて読み上げて確認しただけでは足らないと判断されているのです。もし、公証人が1条ずつその内容について被相続人の意思を一つずつ確認していたら判断も違ったかもしれません。
私も高齢者の遺言作成にかかわることがありますが、そのときは用意している条文についてそれに反対するような提案をしてみて反応を見ています。こちらが聞いたことに対して何でも「はい。」「はい。」と答えたときには依頼を断っています。本当にそういう気持ちがあるなら私の提案には「いいえ。」と断ってくるはずなのでそこまで考える能力が残っているかどうかをみています。ですから私が関係した遺言について遺言能力が問題になったときは自信をもって「遺言能力は確認しました。」と言うことができます。

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