公正証書遺言の「口授」とは

事実関係を詳細に認定して「口授」を否定し公正証書遺言を無効とした判決があります。

東京高裁平成27年8月27日判決(判例時報2352号)

この事件では,遺言者は,公正役場を3回訪問して公証人と話をしていました。しかし,裁判所は遺言者の健康状態や証言から公証役場での遺言者と公証人との会話内容について詳細な事実を認定して「口授」とはいえないと判断しました。

東京高裁の判断

次は公正証書遺言の「口授」に関する高裁の判断です。

「『遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること』とは,遺言者自らが,自分の言葉で,公証人に対し,遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語ることを意味するのであり,用語,言葉遣いは別として,遺言者が上記の点に関し自ら発した言葉自体により,これを聞いた公証人のみならず,立ち会っている証人もが,いずれもその言葉で遺言者の遺言の趣旨を理解することができるものであることを要するのであって,遺言者が公証人に自分の言葉で遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語らずに,公証人の質問に対する肯定的な言辞,挙動をしても,これをもって,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授したということはできないものと解するのが相当である。 前記の認定事実によれば,遺言者は平成21年12月24日,世田谷公証役場において本件公証人に対し,「春子に全部」と述べ,冬子(現在は判決を公開するときには登場人物は仮名とされますので仮名です。)から「5人いるのよ,それでいいの?」と尋ねられると,「梅夫にも。」と述べたが,それ以上は遺言内容について何も語らず,平成22年1月7日,世田谷公証役場において,本件公証人から「これでいいですか。」と尋ねられて,頷いたが,遺言内容について何ら具体的に発言することはなく,遺言者が本件公正証書に記載されている遺言の内容を本件公証人及び証人に語ることはなかったことが認められる。 したがって,遺言者が,自ら発した言葉自体により,これを聞いた本件公証人のみならず,立ち会っている証人もが,いずれもその言葉で遺言者の遺言の趣旨を理解することができるように口授したものとは認められず,本件公正証書遺言は,民法969条2号に規定する「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」の方式に従ったものとはいえないから,その余の点について判断するまでもなく,その抗力を有しないものというべきである。」

遺言者の健康状態

高裁はこの判断をする前提として,遺言者の健康状態についても言及しています。具体的には,遺言者がその9年前に突発性難聴のために右耳は聞こえなくなり,遺言当時には左の耳元で大きな声で話してどうにか聞こえる状態だったこと,日常生活を送っていたが遺言の8ヶ月前に転倒して入院したときには,せん妄症状(意味不明の言動がみられ,見当識障害,注意力と思考力の低下,意識レベルの変化を伴う認識障害の状態)がみられたこと,要介護4と認定されたこと,遺言の少し前に要介護認定のための認定調査が実施されたときには主治医から日常の意思決定を行うための認知能力及び自分の意思伝達能力はいくらか困難と認定されたこと,肝性脳症、肝性昏睡などがみられたことなども判断に影響を与えていると思われます。

この判決の意義

公正証書遺言は最も信頼性の高い遺言です。それは公証人が,遺言者の遺言意思を確認し,遺言能力を確認し,正しい遺言の文章を作るからです。しかし,この裁判ではそれがひっくり返されました。この事件では形式的には法律の定める「口授」という要件の問題となりましたが,実質的には遺言者の遺言能力の問題でした。遺言能力の点では公正証書遺言といえども絶対に安心ではないということです。 私も仕事として遺言作成をするので遺言者の能力には注意します。弁護士が関与していながら遺言能力のない人の遺言を作ってしまうのは誤りだからです。この判決は事例判決ではありますが,裁判所が詳細に事実を検討して遺言の有効性について判断した例として意義があります。

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