署名と契印だけがある遺言書の効力

東京地裁平成28年3月25日判決

自筆証書遺言が有効になるためには,遺言者が全文,日付,署名をインクなどで自筆で書き,捺印することが必要です(民法第968条1項)。 この裁判では,遺言書が2枚の紙に書かれており,日付も署名もありました。しかし,署名の下に押印はありませんでした。ただし,1枚目の裏面と2枚目の表面にまたがって実印が押印されていました。こういう複数の紙にまたがる書類が一体であることを示すために2枚の紙の間に押印するものを契印といいますが(契約書などでよく使われます),普通は署名したところに押印するものですが,この場合は契印だけがあったわけです。この遺言書の有効性が争点になりました。

裁判所の判断

裁判所はまず平成6年の最高裁判例を引用しています。 「民法968条1項が自筆証書遺言の方式として自署のほかに押印を要するとした趣旨は,遺言全文の自署と相まって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名しその下に押印することで文書の作成を完結させるという,わが国の慣行ないし法意識に照らして,文書の完成を担保するところにあるから,この趣旨を損なわない限り,押印の位置は必ずしも署名下であることを要しないと解される(最高裁判所平成6年6月24日最第二小法廷判決・集民172号733頁)。

そのうえで検討すると,まず,遺言者は本件遺言書を作成するにあたり,その全文を自書するとともに,最後に日付の記入及び署名を行い,そのうえで一枚目と二枚目にまたがる形で本件契印を押捺したものと認められる。

ところで,わが国一般の慣習に照らすに,複数枚の文書が作成される際に,必ず契印が押捺されるものとは認められないのであって,契印が押捺されるのは,契約書や遺言書などの重要な書類を作成する場合において,その一体性を確保し,後日の差し替え等を防止するためにあえて行われるものと認められる。 そうすると,遺言者が本件遺言書の作成にあたり,最後に二枚の用紙を綴じ合わせて本件契印を押捺したことは,遺言者が,本件遺言書の重要性を認識したうえで,あえて契印をしたものと考えられるから,これにより遺言者が本件遺言書を完成させたという事実を十分に示しているということができる。

以上によれば,本件契印は,第一義的には本件遺言書の一枚目と二枚目の一体性を確保する意義を有するものであるが,これは同時に本件遺言書が完成したことを明らかにする意義も有しているといえるから,本件契印は,上記で示した民法が自筆証書遺言の方式として遺言書に押印を要求する趣旨を損なうものではないと解するのが相当である。

この事件は控訴されましたが後に控訴取り下げで事件は終了していますので上級審の判断はありません。一つの事例判決として参考になります。

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